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執筆状況や覚え書き、裏話など。作品のネタバレ含みます。 コメント、拍手はご自由にどうぞ。
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「Ryo~call you, again~」完結記念短編。
スピンオフでは少し出番の少なめだった流に焦点を当ててみました。お楽しみいただけると幸いです。
以下本文。




「あれ、流。どうしたの、その髪」
「うっせーなー。どうしたって俺の自由だろ。兄貴には関係ない」
 珍しく兄貴が家に帰ってきた、中三の秋。道沿いのイチョウと同じように、俺の髪は金色に輝いていた。
「確かに。私がとやかく言える資格はない」
そんな風に受け入れられてしまったら、これ以上反抗する気にならないじゃないか。発散し損ねたエネルギーは、大きなため息に変わった。
 執着がないのか、無関心なのか。兄貴はいつもそうだ。俺がどんなに奇抜なことをしても、咎めたことがない。悪いこと(といっても、法を犯したことはない)をする度に父や母に怒られるが、兄貴に怒られたことや、心配されたことは一度もない。本当にこんなやつが家族なのかよ、と疑念を抱いた回数は数知れない。
「そういえば、研究の方は良いのか?いきなり帰ってきたから、何事かと思ったぞ」
 両親が旅行に行った日を見計らったかのように兄貴が帰ってきたのは、恐らく今朝。俺が朝食を作ろうとリビングに向かうと、ソファーで熟睡している兄貴がいた。それから間もなくして目を覚ました兄貴は、俺の顔を見るなり、先程のように問うた。そして今に至る。
「どうせあの人――所長がいないから、研究は進まないよ。他の研究員に頼んで、ここまで送ってもらった」
「新人研究員に甘いな、あそこの人たちは」
「私が所長の子供だから、だろうけどね」
 そう自嘲する兄貴は、今年の春から国立情報研究所というところで働いている。
 ――年齢は、俺と一つしか変わらない。
「……兄貴には敵わねぇな」
「何か言ったかい?」
「いや、別に」
 手際良く二人分の朝食を用意して、食卓に座る。兄貴はどうせ食べないだろうと思っていたが、のそのそと向かい側の席に腰かけ、もそもそとサラダを食べ始める。
「朝は食べないかと思った」
「食欲がないときはいつも食べない」
「珍しいこともあるもんだな」
「あと、君のご飯美味しいから」
意外な言葉に驚いて、俺は咳込んだ。スープをこぼさないように必死に耐えた。
 一体何なんだ今日は。
「昼食は冷蔵庫の中のシチューでも食っとけ。残り物だけどな。あと、掃除とか洗濯とかは帰ってきたら俺がやるから、兄貴は何もするな。分かったな?」
「私が家事をするわけないだろう」
そんなことで威張られても困る。しかしまあ、兄貴はこういう人だよな。昔から。
「全く……。おかげで身の回りのことは自分で出来るようになりましたよ有難う」
「どういたしまして」
皮肉を言ったつもりだったのだが、どうやら気付いていないようだ。
「じゃあ、学校行ってくるから」
「うん。いってらっしゃい」
 久しぶりの見送りを背に、通い慣れた道を駆ける。兄貴に時間をとられて、遅刻しそうだった。

 ――我ながら空回っている。
 中学時代最後の文化祭。それを二日後に控えたとはいえ、金髪にしたのは流石にやりすぎた。登校すると予想通り担任に呼び出しをくらった。髪の色を戻さないと、文化祭のステージに立つことは許可出来ないのだそうだ。
「君の髪は忙しいね。それとも、私が今朝見間違えたのかい?」
「……そういうことにしといてくれ」
 自宅で髪の色を戻す作業を進める俺を、兄貴は興味深そうに眺めている。
「前から思ってたんだけど、君は結構器用だね」
「そうか?」
兄貴が不器用なんだよ、とは言わないでおいた。
「そういえば、兄貴はいつまでこっちにいるんだ?母さんたちなら、帰ってくるのは三日後だ」
「じゃあ、それまでいるよ」
「文化祭、見に来るか?」
「外出するの面倒」
「そういうと思ったよ……」
「流が何かやるなら見に行っても良いよ」
「――!」
 正直、意外な反応だった。研究以外のことに関してはまるで人並以下のこの人物が、まだ残暑の残る時期に人ごみの中に外出する気になるとは。
「俺が、バンドで発表するんだ。だから、観に来いよ」
「良いよ」
「……兄貴、どっかで頭でも打ったか?」
「記憶にない」


 文化祭当日。両親はまだ、旅行から帰ってこない。実の息子の中学最後の文化祭にも来ないとは、一体どんな神経をしてるんだ。そう、愚痴を言うことになると思っていた。しかし、
「その機材どうした」
「研究所の人に運ばせた」
今日は兄貴がいる。例えその人物が、プロ並みの音響機材と録音機材をそろえて体育館の簡易客席に待機し、学生や来校者から奇異の眼差しを向けられていたとしても、嬉しいことに変わりはなかった。
 家族が学校行事に参加してくれたのは、俺の記憶にある中では今回が初めてかもしれない。小学校の卒業式も、音楽会も、運動会も、中学校の入学式も、過去二回の文化祭も。ありとあらゆる行事で、いつも俺は一人だった。理由は簡単。それがことごとく、兄貴の学校行事や研究発表、表彰式等と被ったからだ。当の本人は、いつも親が見に来ることをうっとうしいと言っていたが、俺からしてみたら、それは贅沢な悩みでしかなかった。
「音響と録音は任せて」
「兄貴にそんな特技があるとは思わなかったよ」
「音も分析していけば、最終的には情報解析みたいなものだから。こういうのは得意なんだ」
「ああ、納得」
 その後兄貴は音声学や音響論がどうの、本当は言語学の分野だけど結構数学的だとかフォルマントがどうのこうの熱弁していたが、俺にはさっぱり理解できなかった。しかし、音楽とあまり関係ないことだけは確かなようだった。


 文化祭のプログラムは順調に進む。髪色を戻したのでステージに立つことを許可された俺は、バンドのメンバーと舞台袖に待機する。 ドラムとベースとギターとキーボードという、いたって普通の編成。俺が担当するのは、ギターとボーカルだ。小さな音で、念入りにチューニングをする。いつになく真剣な俺に、ベース担当のメンバーが声をかける。楽しくやろうぜ、と。
「もちろんだ。でも、楽しいだけじゃつまらないだろ」
前のグループの発表が終わる。義務のように発せられる拍手。
 ――違う。俺が欲しいのは、そんなものじゃない。
「よし、行くぞ!」
 俺が欲しいのは、たった一人の。心からの拍手だけだ。
 眩しいライト。照らされたその真ん中へ。ギターのアンプをつなぎ、音量を確認。マイクテストも兼ねて、曲名を紹介する。
「では、聴いて下さい。曲は、『Reflection』」
タイトルに聞き覚えのあるやつはいない。当然だ。俺が作ったんだから。
 何度も練習した言葉と旋律を、頭の中で思い返す。
 息を吸い、声にする。声に音階を乗せて。曲頭の、アカペラ部分を歌い上げる。
 
 ♪
 ひとりでにうまれた二つの心
 互いを知らぬまま 生まれを知らぬまま
 ♪
 
 
 徐々に重なる楽器の音。そして俺は、ギターを鳴らす。歌声と共に。大切な家族に向けて。
 
 
 ♪
 今はただ、現実{イマ}を生きることを考えて
 手探りでも見い、生きてこう
 生きている限り、幸せを求められるのだから
 ♪
 
 
 最後の一音が消える。一瞬の静寂。誰かの拍手が、一、二、三回。そして包まれる。割れんばかりの拍手に。
 お世辞ではないそれが、人並みな感想だが、とても嬉しかった。でも、何よりも嬉しかったのは。
 最初の拍手の主が、兄貴だったことだ。
 
 
 それから数日後。俺宛に一枚のディスクが届いた。差出人は兄貴。何かと思って自室でディスクを再生すると、
「……恥ずかしい」
流れてきたのは文化祭で発表したあの曲。音質は申し分ない。まあ、あれだけの機材があれば当然というべきか。
 そしてもう一つ。入っていたのは一枚のルーズリーフ。研究所の備品だろう。そこにあるのは、細いペンで走り書きされた文字。
「珍しくアナログじゃないか」
あまり長くはないその文章に、俺は目を通す。
『流へ
 この前は有難う。
 私は飛び級してばかりで一つの学校に長くいたことがなかったから、文化祭というものに行くのも、実は初めてだった。なかなか楽しかったよ。それに、私には無いものを、流はたくさん持っている。少しだけ、羨ましかったよ。
 追伸:流の歌、解析してみたら面白かった。今度データ送るね
 涼』
「解析すんなよ……」
天才故か、やはりどこかズレている気がする。
「でも、まあ、有難くもらっておくか」
 ディスクと手紙を引き出しに仕舞い、机に積み上げられた参考書に手を伸ばす。表紙には、高校受験対策の文字。
 兄貴に追いつけるとは思っていないけど。やれるだけのことは、やってみても良いかもしれない。
 
 *        *              *              *        *
 
「おまえ、よくきいてるよな、この曲」
「そうかな?」
「ゆうめいな曲なのか?」
「そうだね。……私の中では」
 ディスクを取り出し、丁寧にケースにしまう。そんな研究者に、モニターの中から声がかかる。
「おい、涼。それ、もっときかせてくれ。なんか、なつかしい感じがする」
「……分かった。今度そっちにもデータを移しておこう」
 涼と呼ばれた研究者は、モニターの電源を落とし、部屋を後にする。何度も聞いた旋律を、口ずさみながら。

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