坂田の誕生日から一日過ぎてしまいましたが……。
誕生日記念の短編です。坂田の出番少ないです(汗)
以下本文。
* * * * *
それは一枚の紙切れから始まった。
「坂田がいなくなった?」
「そうなんだよ、涼子。これを見てくれ」
涼から渡された一枚のメモ。そこには『探さないでください 坂田』とタイプされたシンプルな文が記されていた。
食い入るようにそれに目を通した涼子は、
「これは私に相談するべきじゃないわね。もっと適した相談相手がいると思うけど」
ニヤリと笑みを浮かべ、誰かに電話をかけ始めた。
涼子に呼び出された泉は、
「何故私が……」
坂田が記したであろう紙を片手に、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
「良いじゃない、どうせ暇だったんでしょ」
「お前と一緒にするな」
本当はやることが沢山あるんだ、と言いつつも、泉の視線は紙に注がれていた。内心、坂田のことが心配らしい。
「ゲームの一件の後、ここに居候してたんだけど、今朝から急に姿が見えなくなっちゃって……。まさかとは思うけど、泉と空の家に行ったとか」
「いや、来ていないな」
「じゃあ一体どこに……」
二人がうなだれていると、
「私に任せなさい」
小型のモニターを持って、涼がやってきた。モニターの中には、桃太郎の姿が見える。
「坂田君の服に発信機を付けておいたんだ。桃太郎に聞けば、居場所が分かるはずだよ」
鼻高々と言う涼に、
「だったから最初から自分で探せー!」
二人の怒声が飛んだ。
「結局お前が行ってやるのか。このお人好し」
「うるさい。いくら師匠といえども、それ以上言うとこのモニター叩き割るぞ」
電車に揺られ、そんな意味のない会話をする。他に乗客がいないことに、モニターに話しかける泉は安堵した。傍から見れば、大きな独り言を言っているように見えなくもない。
「それにしても意外だな。まだ俺のことを師匠として扱うとは」
「一応恩もあるから、な。だが、そのうち対等に接したいとは思っている」
「そうか。早くそうなることを願っとくよ」
車窓の景色が流れていく。新緑の芽吹きに、泉は、もうすぐ来る夏を感じた。
桃太郎の指示でたどり着いた場所には、
「これは……」
小さな墓地があった。比較的立派な墓地が並ぶ中に、枝を十字に組んだだけの、簡素なものがあった。
「……本当は、もっと早く来るべきだったのに。こんなに遅くなってしまって、ごめんなさい」
その墓の前で手を合わせているのは、
「坂田……」
泉が探している、その人だった。
その気配に気づいたのか、坂田は強張った表情で振り返った。
「泉さんですか。……どうして」
明らかな拒絶と嫌悪の入り混じった声だった。
「涼子に頼まれて、探しに来たのだが……どうやら迷惑だったようだ。すまない」
素直に謝られたことに困惑したのか、
「いえ、別に……。もう、終わりましたし、帰りましょうか」
そう言って、泉の方へ歩を進めた。
「あそこには、僕の家族が眠っているんです」
電車の中。向かい側の席に座る泉に、坂田は淡々と語った。
「とても正式に埋葬できる状況ではなかったので、僕が埋めました。もう何年も経っているので、今日は久しぶりに手入れをしようと思って」
どことなく事務的な口調に、泉は相槌を打てなかった。モニターの中の桃太郎も、沈黙を貫いている。
「別に隠すほどのことでもないのですが、涼子さんたちには、やっぱり言い出しづらくて……。皆さんを困らせてしまいましたね」
「いや、そんなことはない」
泉はようやく、それだけ言った。
「誰にでも、隠したいことぐらいある。お前も、無理に言わなくて良いんだ」
それは、突き放すような言葉だったかもしれない。しかしその距離感が、今の坂田には必要だったのだろう。
「……有難う御座います、泉さん」
緊張が解けたのか、目的の駅に着くまで、坂田は眠った。
坂田が自らの意志で他人に隙を見せた、初めての瞬間だった。
「何ですかこの紙は」
「見ての通りだよ。君の本心を、私が代わりに伝えてあげようと思って」
「ふざけないでください。……良い機会なので言っておきます。僕は、あなたのそういうところが大嫌いです」
「流石にそれは落ち込むよ……」
「余計なことは今後一切しないでください!」
涼と坂田が言い争う様子を見ながら、
「涼子、お前始めから、あの紙を作ったのが涼だということ、気づいていただろう」
「え、何のこと?」
「お前も余計なことを……。全く、似た者親子だよ」
泉はため息をついた。
「でもきっと、私が行ってたら、坂田は素直になれなかったわよ」
「え……?」
意味深な言葉を残して、涼子は坂田たちの仲裁に向かう。取り残された泉はその発言の真意を考えようとしたが、
「お前にはまだ分からないだろうな。考えない方が良いぞ」
近くのモニターから聞こえた声に諭された。泉はますます訳が分からなくなって、考えることを止めた。
(終わり)