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 鈴が鳴る。
 空からは、白い雫が降り注いでいる。
 今日は聖夜。
 年に一度の、ホワイトクリスマス。

 「って言うのに、何で私達は雪山を歩いているのよ?」
「仕方ないだろ、涼子が言い出したんだから」
「逆らわない方が良いですよ、芝田さん」
吹きすさぶ風の音や、けたたましい鈴の音で、三人の声は涼子には届いていない。
 「熊避けの鈴五月蝿いわね……。そもそもこんなに寒かったら、熊なんて出るわけないでしょ!」
「涼子さんが、クリスマスらしくて良い、って言っていましたよ」
「…………」
 当の涼子は、三人の遥か前を、楽しそうに進んでいる。吹雪にも拘らず、辺りの風景を鑑賞する余裕すら見せていた。風景、といっても、雪しか見えないが。
 「アイツ、何処に行く気なんだ…?」
 目的地は、涼子にしか分からなかった。


 そこには、一本の常葉樹があった。
 青々とした葉が、吹雪に映える。
 そこに、小さな箱を持った一人の男がやって来た。
 男は樹の下に箱を置くと、白衣を翻して去っていった。


 雪山の頂上は晴れていた。そこには一本のモミの樹があるだけで、あとは一面の雪景色である。
 涼子はすたすたと樹まで歩いていくと、いきなりその根元の雪を掘り始めた。
「ちょっと、いきなり何を始めたのよ涼子?」
ようやく追いついた芝田達は、一心に雪を掘る涼子を見ると、それを手伝い始めた。
 しばらく夢中で掘り進めていると、
「………あった」
雪の中から、小さな箱が出てきた。
 「涼子さんは、これの為に、ここまで来たんですか?」
坂田は探るように聞いた。
「鈴音さんに、聞いていたから」
「……そうですか」
 涼子は樹に寄りかかると、箱を丁寧に開けた。
 中には、紅い花びらが一枚、それ以外には何もなかった。
 「わざわざ雪山の頂上まで来て、これですか」
坂田が意気消沈しているのを見て、竹田が仕方なさそうに口を開いた。
「それ、サルビアの花だろ」
「だから何ですか」
「花言葉は――」
「家族愛」
以外にも、答えたのは芝田だった。
 感心した表情で竹田と坂田に見つめられ、
「な、何よ!それぐらいの教養はあるわよ!」
恥ずかしそうに言い返した。
 涼子はそんな三人を、柔らかな表情を浮かべて眺めている。
 サルビアの花びらが入った、小さな箱を手のひらに抱いて。


 確か、クリスマスプレゼントだったと思う。
 鉢植えと、種の入った袋をもらった。
 「お父さん、これ、何の花?」
「それはサルビアの種だよ」
「ふーん。どんな花?」
「花言葉は、家族愛」
「………!」
「私と涼子が、ずっと家族でいられるように、ね。大切に育ててくれると嬉しい」
 それが、私とお父さんの、初めてのクリスマスだった。


 「でもこの花、燃ゆる想い、って意味もあるのよねー」
「そうなんですか?」
「きっと誰かがプロポーズしようとして、ここに置いたのよ」
「こんな所にか?」
 「じゃあ、勝手に持って行ったらまずいわね」
涼子は、箱を元あった場所に戻した。
「おい、良いのか?」
「良いの。これが見つけられただけで、私は満足よ」
 涼子は笑顔で答えた。


 「吹雪の中ご苦労さん」
「桃太郎か。……少しやりすぎたかな。かなり大変だった」
「それにしても、毎年律儀なことで」
「この時期まで花びらを保存しておくのも、結構大変だったよ」
「……まだ、捨てきれないのか?」
「まさか。これは、私なりのけじめだよ。……だから今年は、花びらにしたんだ」
「これで最後、ってことか」
「ああ。願わくば、彼らが私の元まで辿り着かぬことを――」

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