以下本文です。
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開かずの間、とでも言えば良いだろうか。
絶対に開けてはいけないよ、と言われた部屋がある。理由は不明だが、入ってはいけないらしい。
涼子はいつも、その部屋が気になって仕方がなかった。
父が珍しく外出したその日、涼子は好奇心に従うことにした。
普段なら父が一日中引きこもっているその部屋は、開かずの間、というわりに警備が疎かだった。何しろ鍵がかかっていない。研究所の入り口は厳重にロックがかかっているが、中の部屋は不用心極まりなかった。
「これじゃまるで、入れ、っていってるみたいじゃない」
涼子は悪びれず、その部屋に足を踏み入れた。
中に入ると、まず大きなモニターが目に入った。あとはよく分からないボタンや機械類がずらっと並んでいる。
「下手に触らないほうがよさそうね……」
用心しつつ、ボタンに目を走らせる。大抵は用途不明のものだったが、
「……これはわかりやすすぎるでしょ」
他のものよりは大きめの赤いボタンに、ON、と書かれているものがあった。モニターの側にあることから、これが電源だとみて間違いないだろう。
涼子は少しためらった後、ボタンに指を伸ばす。
「ばれなきゃ問題ないわよ」
指先に力を入れると、いとも簡単に、それは起動した。
突然室内に光が灯る。大きなモニターは、ぶうん、と一瞬低い音を立てて画面を映した。
「……なんなの、これ……」
そこに映っていたのは、少年だった。涼子とさほど変わらない歳だろう。今まで寝ていたのか、少し機嫌が悪そうに目を開けると、
「……お前、涼じゃねえな」
涼子を一瞥し、そう言い放つ。涼子は一瞬びくっとしたが、
「何よ、お父さんじゃなくても良いでしょ!」
不服そうに言い返した。
「お父さん……?ああ、そうか、お前が『涼子』ってわけだ」
少年はひとりごちた。涼子は疑問符を隠せない。
「何でアンタが私のことを知ってるのよ?」
「関係ない。……それより、ここはお前みたいなのが来ていい場所じゃない。ガキはさっさと帰れ」
「何よ!私がガキなら、あんただってガキでしょ!」
涼子と少年は、しばらく意味のない口論を続けた。騒ぐだけ騒いで疲れたのだろう、涼子は先ほどより語気を弱めて、
「モニター越しのやり取りなんて調子狂うじゃない。こっちに出てきなさいよ」
「なっ……」
少年は顔をしかめた。涼子はまたも、疑問符を浮かべる。
「出てこられない理由でもあるの?」
ある意味では純粋なその問いに、少年はさらに表情を曇らせる。
「ここは居心地が良いからな。どうせ外は面倒なことばかりだろ?そんな場所に興味なんてねえ」
「確かに面倒なことも多いけど……。でも、楽しいことだってたくさんあるわ」
「例えば?」
少年は、涼子を試すかのような口調で尋ねた。それに気付いたのか、涼子は自信たっぷりに答える。
「おいしいご飯を食べたり、ぐっすり眠ったり、お父さんと話したり、他にも色々」
「あいつと話してて楽しいか?」
「楽しいわよ。お父さんは、私の知らないことをたくさん知っているから」
「それについては否定しない。ただ、あいつはよく分からないやつだからなあ……」
「だから面白いんじゃない」
「……お前も相当な変わり者だな」
「アンタに言われたくないわよ」
二人は顔を見合わせると、堪えきれなくなって笑い出した。軽くなった心で、涼子は旋律を紡いだ。
♪
ひとりでにうまれた二つの心
互いを知らぬまま 生まれを知らぬまま
探し物は僕
なくした君
届かぬ影
惹かれて 掴んで
「その歌、何処かで……」
「アンタも知ってるの?」
「よく分からねえけど、聞き覚えがある」
「じゃあ、一緒に歌いましょうよ!」
「はあ?」
「大丈夫、私が援護するから」
「その言葉の使い方、間違ってる気がする」
「良いから良いから!せーの!」
♪
一人と独り
感じてる 君を
感じたい 僕を
悲しみも 喜びも 過去も 未来も
よく分からないけれど
今はただ、現実{イマ}を生きることを考えて
手探りでも良い、生きていこう
生きている限り、幸せを求められるのだから
「懐かしい歌だな……」
二人の歌声を、部屋の外で聴いている者がいた。
「あれほど入るなと言っておいたのに、やはりこうなったか」
その口調は、どこか楽しげだ。
「いずれにせよ、大きな意味のある邂逅になっただろう。涼子にとっても、――桃太郎にとっても」
数年後、涼の作った世界で再会した二人にとって。
今となっては、おぼろげな記憶。